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2010-01-27(Wed)

秋葉原無差別殺人初公判

 明日、秋葉原無差別殺人初公判が開かれるらしい。

<東京・秋葉原の無差別殺傷事件で殺人罪などに問われた元派遣社員、加藤智大(ともひろ)被告(27)の初公判が28日、東京地裁(村山浩昭裁判長)で開かれる。完全責任能力があったとする捜査段階の鑑定結果について、弁護側は争う方針で、「心神耗弱だった」などと減刑を求めていく。また、逮捕当初は事件を「誰でも良かった」などと振り返り、最近になって遺族や被害者に反省をつづった手紙を送るなど、心情の変化を見せている加藤被告が法廷で何を語るのかも注目される。
 検察側は、「完全責任能力があった」との結論を出した起訴前の精神鑑定結果を記した鑑定書の証拠調べを請求した。これに対し、弁護側は加藤被告が「事件当時のことはあまり覚えていない」などと話していることから、鑑定結果には信用性がないとして、証拠採用に同意しなかった。また、弁護側は、遺族や被害者の供述調書など、検察側の証拠の多くを不同意とした。
 このため、公判では、捜査関係者や事件関係者の証人尋問が不可欠となり、鑑定医や遺族、被害者など計42人の証人尋問が行われることになった。公判期日は8月4日の第22回まで指定されている。
>http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100127/trl1001271507002-n1.htm

とのことだ。

 断片的に得られる情報を見る限り、土浦事件の金川被告とは、随分様子が違う。

 女性への執着という点では、米ペンシルベニア州ピッツバーグ郊外にあるフィットネスジムのエアロビ教室で
2009年8月4日に起きた銃乱射事件に似ている点もある。

<ジムのメンバーでピッツバーグ市内の法律事務所に勤務するジョージ・ソディニ容疑者(48)。
 ソディニ容疑者はこの日、運動着にヘッドバンド姿でジムに侵入。エアロビ教室の照明を消して、持っていたバッグから3丁の拳銃を取り出して乱射し、38~49歳の女性3人を殺害、9人に重傷を負わせた。発射された銃弾は計36発にのぼった。・・・・・「努力しても何も変わらない。もし人生を思うままにできればもっと幸福なのに、これまでの30年間、ずっとそうじゃなかった」 AP通信などによると、ネット上にはソディニ容疑者が遅くとも約9カ月前から書きつづっていたとみられるブログ形式の日記が残されていた。そこからは、ソディニ容疑者が以前から乱射事件を計画していたことが読み取れる。・・・・・、「ハンサムでおしゃれなのに、3000万人の女性が拒絶する。男が自信を持つには女性が必要だ」とも書いており、魅力的なはずの自己像とは裏腹に女性から“モテない”ことへのいらだちが垣間見える。「毎晩ひとりぼっち」「孤独な金曜日の夜」などの記述も目立つ。・・・・・・日記のプロフィル欄に
「生年月日1960年9月30日
死亡日時2009年8月4日
結婚歴なし」 と、「命日」まで記していたソディニ容疑者。犯行後は持っていた拳銃で自らの命を絶った。>
http://sankei.jp.msn.com/world/america/090808/amr0908081800011-n1.htm

 女性へのコンプレックスや、犯行計画をブログにつづっていた点などは加藤被告に似ている側面もある事件だ。しかし、最後の最後まで、自らを反省することなく死を選んだ点は、土浦の金川被告に似ている。

 だが、秋葉原の加藤被告の場合は、しっかりした文章で、遺族にお詫びの手紙を書いており、ピッツバーグや土浦などの無差別殺人事件と大きく隔たりがある。私は精神科医ではないので、精神疾患があったかどうかに関しては全くわからない。
 しかし、教育学を学んだ者として、情報教育を専門とする者としていえることは、生育過程に決定的な誤りがあったのではないかと思われる。その誤りは、これだけ豊かな情報社会であるにもかかわらず、その恩恵をほとんど受けることなく、シャットアウトされた世界で育てられた。

 そして、一人暮らしをはじめるやいなや、洪水のように押し寄せる情報に飲み込まれてしまった。ゲームはしちゃいけないといわれていたが、してもいいこと、テレビは見ちゃいけないといわれていたけれど、それもOK,人殺しはしちゃいけないとわかっているけれど、してもいいのではないかと思ってしまった、、、洪水のように押し寄せる情報をうまく裁ききれなくなって、判断を失ったのではないかな。

 自由奔放に生きてきたならば、きっとこんなばかげた事件は起こさなかっただろう。、守・破・離、すなわち「規矩(きく)作法(さほう) 守り尽くして 破るとも  離るるとても 本ぞ忘るな」という千利休が残した茶道の心得もあるように、型を守るだけでなく、破り離れるところまでが人としての独立だ。

 母親のいうことを守りさえしていればうまくいくのはせいぜい小学生まで。加藤被告の場合は、中学生までうまくいってしまった。言うことさえ聞いていればうまくいくということは、ある意味とても心地のいいことのはずだ。それを脱することが思春期から青年期に書けての発達課題のはずだ。破り離れ、世間の荒波で生きていく知恵を身につける、そこの部分の教育がうまくいっていなかったのではないかな。

 発達心理学者のハーヴィガースト(Havighurst, R.J.)によれば、〈発達課題は、個人の生活のある時期に起きる課題で、その成功的達成はその個人を幸福に導き、後の課題の成功に導くものであり、その課題達成の失敗は個人の不幸と社会による不承認に導き、後の課題の困難をもたらすものである。〉とされている。つまり、加藤被告は、青年期に、親の保護下から独立していく発達課題に失敗したがために、後の課題、つまり社会に出てからうまくやっていくという課題に困難をきたしてしまったのではないか。

 さらにいえば、エリクソンの青年期の自我同一性の危機(identity crisis)(エリクソンは課題を危機と表現している)の克服にもあきらかに失敗している。自我同一性の危機とは、青年期に自我と社会との相互関係の中で生起する心理・社会的危機の克服次第で、自己を確立していけるならば、アイデンティティは達成される。しかし、加藤被告の場合は、明らかに自らを見失い混乱を招いている。アイデンティティは拡散・混乱状態であった。精神疾患は見られないにせよ、アイデンティティの拡散・混乱状態では、正常な判断はできなかっただろう。

 だからといってもちろん罪がなくなるわけではない。一生をかけて償わねばならない。
しかし、青年期の発達課題をクリアできず、アイデンティティの確立に失敗している若者は増えてきている。
これは、若者だけの課題ではない。制度上の問題も少なからずかいま見られる。残念ながら、大学という組織も、今、どんどん改悪され、ますます、若者が、青年期の発達課題をクリアするチャンスを失っているのではないかと感じる。
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